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(出典: unicornfreakk)
ふむふむ... hmmmmm.
人は何かひとつくらい誇れるものを持っている
何でもいい、それを見つけなさい
勉強が駄目だったら運動がある両方駄目だったら君には優しさがある
夢をもて目的をもて、やれば出来る
こんな言葉に騙されるな
何もなくていいんだ人は生まれて生きて死ぬ
これだけでたいしたもんだ!
騙されるな
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ビートたけし - 人は何かひとつくらい誇れるものを持ってい…
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わたしこれすごくすきで、たまに見て涙ぐむ・・・
(via yue)
(jyouhoutanから)
154:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/06(日) 13:43:15.87 ID:a/+bD/7N0
旧約聖書の創世記を要約すると↓
エデンの園でアダムが言った。
「神様、聞いてください。ここは美しい楽園です。でも、私は孤独で
しょうがなく、リンゴを食べてしまいそうです」
「分かった」神は答えた。「では、私はお前のために、女を作ろう」
「女って何ですか?」アダムは尋ねた。
「彼女は、穏やかで優しく受容的な性格の生き物だ。
お前の言いつけを守り、決して逆らわず、勤勉で、倹約家でもある。
しかも、彼女は魅力的で、美しい。
洗濯をしたり、料理をすることが出来る。それに
ベッドの中で、彼女はとても素敵なことをしてくれるだろう」
「なんだか面白そうだな」とアダムは言った。
「よしよし、では女の創造にとりかかるとしよう。
そのためにはお前の肋骨を12本、それに心臓と胆のう、それと
片方の目を材料として取り出さねばならぬ」
「えっ、それは困るなぁ。なんとか肋骨一本くらいに節約
できませんか?」
「う~む、少し難しいがやってみよう。
そのかわり、出来の方は保証しかねるぞ」
こうして女ができた。
— 名作コピペ集めようぜ その1 (via rurinacci)
(pcatanから)
仕事が遅い人間は、「今、何をすべきか」と言うことに対するセンスが全くありません。
センスがないので、全く今やる必要の無いことをせっせとやっています。全く事情の分からない第三者から見れば「まじめに仕事している」ように見えてしまいます。ひょっとしたら、仕事が遅い人その人自身も、これだけの仕事をやっているという「自己陶酔」に陥っているかもしれませんね。本当は、「大馬鹿もの」の給料ドロボーなのですが。
— 仕事が遅い人の共通項 | Decent Point (via otsune)
(pcatanから)
151 名刺は切らしておりまして :2010/03/22(月) 19:41:35 ID:XLXP7zW8
地球の平準化が加速されて、
中国の山奥の人もアメリカ式生活をしたがる/させたがるから
エネルギーと資源、食料、水の奪い合いになってる。
労働者の給与は下がってる。
googleで地図は便利になった。通販も。
いろんなインチキはばれやすくなってる。
おれは40歳童貞だが、ネットがなければ、女がどんな形か
知らないままに一生を終わっただろう。
コンピューター&ネットの発達で良くなったこともある、
悪くなったこともあるな。
— コンピュータの進化が一目で分かる1枚の写真 (via hepton-rk)
(ayutaから)
ネタは使い果たしたほうがいい これからインターネットで日記を書こうと考えるのならば、まずは一刻も早く「ネタ切れ」の状況に到達することを、とりあえずの目標にすべきなのだと思う。 「このネタは面白すぎるから、人気が出て文章力がついてからまとめよう」と考えるのはやめたほうがいい。面白い事件に遭遇したとか、どこか珍しい場所に旅行をしたことがあるとか、誰もがたいてい、その人ならではの経験というものを持っているけれど、暖めすぎたネタは腐るし、なによりもそうした過去の記憶を温存することで、目標としての「ネタ切れ」という状況が遠ざかってしまう。 過去の体験は文章に落としやすいから、ネットに日記を書きはじめた当初は、書くべき内容は頭のなかに準備されていて、それほど深く悩むこともなく文章を生産できる。 ところがだいたい3ヶ月もすると、どれだけたくさんの体験を蓄積した人であっても、文章として書ける体験はほとんど文章化されてしまうから、日記をそこからどうやって続けていけばいいものなのか、誰もがネタ切れに悩むことになる。 書くべき在庫は空っぽで、常連よろしく日記を読んでくれる読者もついて、なんとか日記を続けたいと考えたそのとき、世の中を眺める日記の切り口は、今までとは少しだけ変化する。 インターネットで日記をつける効能は、体験のネタが尽きた先にある。 体験の在庫を書き尽くして、ならばそれで書くものは打ち止めかといえば、同じ経験や日常の風景を、描写のメッシュをより細かくしてみたり、結論の切り口を今までとは異なったものにしてみたり、体験のストックには、まだまだ文章を生み出す余地が残っている。 過去の体験には「この体験にはこうした描写がふさわしい」という偏見がセットになっていて、偏見なく物事を眺めたり、体験から偏見を切り離したりするのは難しい。文章のネタというものは、事例に対するその人独自の偏見であるのだとも言い換えることができる。 ネタに出来る体験は、事例と分かちがたく偏見が結びついている。偏見を切り離そうと思ったら、それがネタとして利用できなくなる状況、「ネタ切れ」を目指すことが、結局近道になってくる。 インターネットで日記を書くことで到達できる、それ以外の方法では決して到達できない場所は、「ネタが切れた」という状況にほかならない。 日記を通じて人を集めたり、不特定多数の誰かに向けて意見を表明できることは、ネットで日記を発信したときの、いわば副次的な効果であって、読者を意識した文章を継続的に公開する効能は、読者ではなく書き手自身の変化にある。 偏見なく世の中を眺めることなんて不可能で、偏見を捨てるということは、同時にその場所に、別の偏見を導入することでもある。 ネタ切れという状況を通じて、体験した事例と、それをネタにするための偏見とを、それぞれ切り離しや交換が可能な状態を続けることで、様々な目線で世の中を眺める助けになるのだと思う。
— ネタ切れの効能 - レジデント初期研修用資料 (via petapeta)
(ayutaから)
日本の誤りはリーダーシップをリーダーに求めてしまうところです。「おまえはリーダーなのだからしっかりしろ」と言われると、悩んで座禅に行ったりするわけです。ラリー・ペイジというアメリカ人とセルゲイ・ブリンというロシア人が始めたグーグルは、マネジメントが弱点ということに気づき、エリック・シュミットという経営のプロを連れてきたことで成功しました。足りないものを努力して身につけようという発想ではなく、自分の得意な分野を伸ばし、足りない点はチームで補うという考えを持たないかぎり、うまくいかないと思いますね。
— お金による市場メカニズムなしに 価値を直接交換する仕組みは長続きするか? ゲスト:出口治明・ライフネット生命保険社長【後編】|ピカソの秘密|ダイヤモンド・オンライン (via kotoripiyopiyo)
(ayutaから)